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新潟地方裁判所 平成5年(ワ)363号 判決

原告 鈴木政平

被告 富士タクシー株式会社

主文

一  原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は原告に対し、金八四六万六三五五円を支払え。

三  被告は原告に対し、本判決言渡しの日の翌日から本判決確定に至るまで、毎月五日限り、一か月当たり金二九万二六一六円の割合による金員を支払え。

四  本件訴えのうち、その余の部分を却下する。

五  訴訟費用は全部被告の負担とする。

六  この判決は、二項に限り仮に執行できる。

事実及び理由

第一請求

一  原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は原告に対し、金一〇四万二五四七円及び平成五年八月以降毎月五日限り金二九万二六一六円を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  当事者

被告は、一般乗用(貸切)旅客自動車運送(いわゆるタクシー営業)を主たる業務とする株式会社である。

原告は、被告会社に運転手として雇用されている従業員であり、被告会社従業員で構成する全新潟タクシー労働組合富士分会の組合員である。

2  本件懲戒解雇

被告は、原告に対して、平成五年三月一九日、懲戒解雇通知書により、懲戒解雇をする旨の意思表示をした(以下「本件懲戒解雇」という。)。

3  本件懲戒解雇の理由

本件懲戒解雇は、原告の後記各行為が「接客不良行為」であり、就業規則六五条二二号「故意又は重大なる過失により会社に損害を与え又は与えようとしたとき、若しくは会社の信用をそこなったとき」、及び、同条二三号「会社内外を問わず不正又は不法な行為をして著しく従業員たる体面を汚したとき」にそれぞれ該当することを理由としている。

二  本件の争点は、〈1〉本件懲戒解雇の根拠規定は、就業規則と労働協約のいずれによるべきか、〈2〉原告の後記各行為が懲戒解雇事由に該当するか否か、〈3〉懲戒解雇事由に該当するとしても、懲戒権の濫用に当たらないか否かである。

(被告の主張)

1 原告には以下のような接客不良行為があった。

(1) 原告は、平成五年三月一六日午後一時三〇分ころ、新潟駅からホテル新潟まで乗車した女性客に対し、乗車時と降車時に、「今後俺の車に乗らないでください。」と言った(以下「第一事案」という。)。

(2) 原告は、平成五年二月二六日午後一一時五五分ころ、新潟市古町から同市幸町まで乗車した男性客が道順を説明するため原告に右、左折を指示したのに対し、「ふざけんな。客だと思って威張るんじゃないよ。」などと言い、さらに降車時、原告の態度を注意したのに対し、「なにっ」とにらみつけた(以下「第二事案」という。)。

(3) 原告は、平成四年八月一二日午後七時ころ、新潟駅から同市東堀坂内小路角まで乗車した男性客が少し待っていて欲しい旨頼んだのに対し、「車がこんなに渋滞しているところで待たれると思うかね。」と怒鳴るように言った(以下「第三事案」という。)。

(4) 原告は、平成四年三月五日午後七時四七分ころ、新潟市古町八番町から同市四ツ屋町まで乗車した男性客が原告に行き先を告げたのに対し、全く返事をしなかった。さらに降車時、その男性客が原告の態度を注意したのに対し、「なにっ」と言ってにらんだ(以下「第四事案」という。)。

(5) 原告は、平成三年六月五日午後九時一五分ころ、新潟市鐙地内において、反対車線で手を挙げた二名の男性客との間で、一旦停車したものの行く先が自車進行方向と反対であることが判明するやそのまま発進して乗車拒否をしたとして、口論になった(以下「第五事案」という。)。

2 以上のような乗客からの苦情は、被告会社の中では、原告にのみ集中している。被告会社では、乗客から苦情があるたびに事情を聴取し、原告に対し注意をしてきた。又、被告会社が行ってきた研修会等で接客マナー等の研修をしているにもかかわらず、原告の接客態度には改善がみられなかった。

このように原告は、労働協約三二条一項九号「業務に関し不正を行い、故意又は重大な過失により会社に損害を与えたとき」、同二項四号「職務上の指示命令に不当に反抗し、職場の秩序をみだそうとしたとき」、及び、前記就業規則六五条二二号、二三号に該当する。又、直接には該当しないものの、労働協約三二条二項一〇号「数回懲戒訓戒を受けたにもかかわらずなお改心の見込みのないとき」も、解雇の加重理由のひとつである。

なお、労働協約の懲戒解雇事由は制限列挙と解すべきではなく、タクシー営業において、乗車拒否は労働協約の規定するどの懲戒解雇事由よりも重大なものであり、これも当然に解雇理由となると解すべきところ、原告の前記第一事案の行為は乗車拒否である。更に、原告の前記各行為は、本件懲戒解雇後に策定された就業規則六三条(3)「外部からの指摘を受ける言動を行い、会社の信用を傷つける行為があり、数回にわたり注意を受けても改めないとき」にも該当するので、本件懲戒解雇の理由として追加する。

(原告の主張)

1 被告の主張する各事案は、真実は以下のようなものであった。

(1) 第一事案の事実関係は概ねそのとおりである。その客は原告車に一〇回以上乗車している人であったが、原告はあまり知られていない裏道を通っていつも基本料金で運行していたので(その客の目的地はいつも決まっていた。)、わざわざ原告車を選んで乗車してきた。原告は、当日の水揚げが少なく焦っていたことから、その客に対し、自分の車両ばかり乗らないで欲しい旨言ってしまった。原告は、本事案については当初から非を認め反省しており、この点で何らかの懲戒処分を受けても止むを得ないと考えている。

(2) 第二事案は、真実は、その男性客が指示する道順が原告の思っていたものとは異なり、遠回りであったので、原告がその度に同人に確認したのに対し、かなり酔っていた同客が、態度が悪いとか、名前が悪いなどと難癖をいってきた。料金も払わず、バカヤローなどと怒鳴られたので、原告は、「タクシーの運転手は、丁寧にやっているのになんだ。」と質したことはあるが、「ふざけんな。客だと思って威張るんじゃないよ。」などとはいっていない。

(3) 第三、第四の各事案に対応する事実はない。

(4) 第五事案は、真実は、原告が、自車進行車線とは反対車線で手を挙げた二名の男性客を認めたが、交差点で信号待ちの先頭車両であったので、信号が変わってから前方へ進行し停車するか、転回しようと思っていたところ、かなり泥酔していた右男性客らが、いきなり原告車両前面に立ちはだかり、ボンネットを叩いたり助手席ドアを開けようとするなどしたのである。

2 本件懲戒解雇は、労働協約上の根拠がなく、無効である。

まず、被告の挙げる根拠規定のうち労働協約三二条一項九号は、けん責、減給又は出勤停止の懲戒事由として規定されているのであるから、懲戒解雇の根拠規定にはならない。次に、就業規則六五条二二号・二三号は、労働基準法九二条一項に違反し、無効である。すなわち、懲戒解雇に関する労働協約の内容は、右就業規則に比較すると、明らかに被告の裁量を限定する内容のものである。

以上からすれば、懲戒解雇の根拠規定となりうるのは労働協約三二条二項の各号だけであるので、被告が主張する懲戒解雇の根拠事由が右規定に該当するか否かを、次に検討する。

原告の前記各行為は、労働協約三二条二項四号に該当しない。第一事案については、原告は自ら非を認めているし、その余の事案については、原告は非を認めていないが、真実は前項記載のとおりであったのであり、そのような事情を弁解する事自体を「不当な反抗」に該当するとすることは、被処分者の弁明を封ずることに帰するから、適正手続保障の法理に反し、懲戒解雇は謙抑的であるべきとの事理にも反する。

次に、労働協約三二条二項一〇号については、原告は過去に懲戒処分を受けたことはないから、同号の適用は問題とならない(被告自身、原告が同号に直接には該当しないことを認めている。なお、被告は、同号について、「解雇の加重理由のひとつ」であると主張するが、その意味は不明である。)。

第三争点に対する判断

一  争点〈1〉(本件懲戒解雇の根拠規定)について

甲六及び乙七によれば、次の事実が認められる。

1  被告の就業規則の第六五条は、「従業員が次の各号の一に該当する場合は懲戒解雇するただし情状によつて懲戒休職とすることがある」と規定し、懲戒解雇事由として一号から三〇号までが挙げられているが、その二二号は「故意又は重大なる過失により会社に損害を与え又は与えようとしたとき、若しくは会社の信用をそこなつたとき」、その二三号は「会社内外を問わず不正又は不法な行為をして著しく従業員たる体面を汚したとき」となっている。

2  被告と労働組合(全新潟タクシー労働組合富士分会)との労働協約(以下「労働協約」という。)の第三二条一項は「つぎの各号の一に該当する場合は事案に応じ、けん責、減給、出勤停止に処する。」と規定し、その九号に「業務に関し不正を行い、故意又は重大な過失により会社に損害を与えたとき。」と、その一〇号に「不正な行為をして会社の信用、従業員としての体面を汚したとき。」と、それぞれ前記就業規則第六五条二二、二三号に対応する事由が挙げられている。これに対し、同条第二項は「次の各号の一に該当する場合は懲戒解雇に処する。」としているが、同項各号には前記就業規則第六五条二二、二三号に対応する事由は挙げられておらず、その一〇号は「数回懲戒訓戒を受けたにもかかわらずなお改心の見込みのないとき。」となっている。

以上の事実からすれば、労働協約は、従業員の懲戒処分(特に懲戒解雇)に関し、就業規則に比べて懲戒権者である被告の裁量をより限定する内容のものであることが明らかである。その限りにおいて就業規則は労働協約に反するから、就業規則のうち右部分に関する規定は、労働基準法第九二条一項に反し、無効であるといわざるをえない。そうすると、被告がする懲戒解雇処分の根拠規定は、労働協約に求めるべきこととなる。

この点につき、被告は、労働協約における懲戒処分の根拠事由は制限列挙でないことを前提として、労働協約の懲戒解雇事由に規定されていない乗車拒否も、タクシー営業に及ぼす害の重大性に鑑みれば、当然に懲戒解雇根拠事由となる旨主張する。しかしながら、使用者は、懲戒解雇の根拠事由が予め就業規則や労働協約に規定されている場合にのみ、懲戒権の発動を許されると考えるべきであるから、懲戒解雇事由に関する規定は限定列挙と解しなければならない。又、被告は、本件懲戒解雇の根拠規定として、本件懲戒解雇の直後に策定された就業規則の第六三条(3)「外部からの指摘を受ける言動を行い、会社の信用を傷つける行為があり、数回にわたり注意を受けても改めないとき」を追加するけれども、事後に策定された規定をもって懲戒処分の根拠規定とすることが許されないことは、論をまたない。よって、被告の右主張は採用しない。

なお、甲一によれば、被告は原告に対する懲戒解雇通知において、その根拠規定として就業規則第六五条二二、二三号をあげていることが認められる。この点について、原告は、懲戒解雇の根拠規定は本来労働協約のそれによるべきであるのに、本件懲戒解雇は就業規則を根拠規定としてしたもので、無効であると主張するかのようであるが、使用者である被告が処分当時認識し、本件懲戒解雇の根拠事由とした事実が懲戒解雇の根拠規定であるべき労働協約第三二条第二項の各号に定める事由に該当しない場合は格別、根拠規定の適用・あてはめを誤っただけでは、懲戒解雇が直ちに無効であるとはいえない(ちなみに、被告は、本件懲戒解雇の根拠規定として労働協約第三二条一項九号、同条二項四号、一〇号を追加的に主張しているが、本件懲戒解雇事由自体は当初から変更していないから、右は単なる根拠規定の適用・あてはめをいうにすぎず、いわゆる理由追加には当たらない。)。

二  争点〈2〉(本件の懲戒解雇事由該当性)について

甲一、二、八ないし一〇、乙一、一五、一六、一七、証人川口栄介、同中村昭二、同小暮貞夫、同小林一彦によれば、以下の事実が認められる。

1  乗客から被告に対し、原告に関する苦情として次のようなものが寄せられた。

(一) 平成五年三月一六日午後一時三〇分ころ新潟駅からホテル新潟まで乗車したが(女性客)、乗車時と降車時に、「今後俺の車に乗らないでください。」と言われた。

(二) 平成五年二月二六日午後一一時五五分ころ新潟市古町から同市幸町まで乗車し(男性客)、道順を説明するために右、左折を指示したところ、「ふざけんな。客だと思って威張るんじゃないよ。」などと言われた。

(三) 平成四年八月一二日午後七時ころ新潟駅から同市東堀坂内小路角まで乗車し(男性客)、少し待っていて欲しい旨頼んだところ、「車がこんなに渋滞しているところで待たれると思うかね。」と怒鳴るように言われた。

(四) 平成四年三月五日午後七時四七分ころ新潟市古町八番町から同市四ツ屋町まで乗車し(男性客)、行き先を告げたのに原告が全く返事をしないことについて、態度が悪い旨注意したところ、「なにっ」と言ってにらまれた。

(五) 平成三年六月五日午後九時一五分ころ新潟市鐙地内において、反対車線で手を挙げたところ(二名の男性客)、一旦停車したものの、行く先が自車進行方向と反対であることが判明するや、そのまま発進して乗車拒否をされた。

2  右各苦情は、その都度、それぞれの乗客からの連絡があったものばかりであり、被告はその度に原告から事情を聴取するとともに指導をしたが、原告は、第二、第五事案については、酔客にからまれたものであり自分に非はない旨、第三事案については、そのような事実の記憶はなく、仮にあったとしても渋滞しているところで待てと言うほうが非常識である旨、第四事案については、そのような事実はない旨、それぞれ釈明・弁解した。なお、原告は、右各事案につき、口頭で注意・指導を受けたほかは、本件懲戒解雇まで、労働協約に規定されているけん責、減給、出勤停止の懲戒処分は受けたことがない。

3  被告は、第一事案についても原告から事情を聴取したが、原告は、第一事案の客は原告が親切であるとして何回も乗車していた客であり、この際も、手前に数台のタクシーがいたのにわざわざ遠くの原告の車に乗車してきたので、当日の売上げが少なかったことから、つい「他の車にも乗って下さい。」と言ってしまったとして、概ね事実を認め、反省の意を表明したが、被告としては、前記接客不良態度をも考え合わせると、サービス業としては限度を越えるものとして、懲戒解雇を決意し、本件懲戒解雇処分に及んだ。

以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

右認定によれば、原告について概ね右各事案のような接客トラブルがあったことが推認される。そして、前掲証拠によれば、かかる苦情が寄せられるのは年に数回にすぎないことが認められるから、接客サービスを業とするタクシー運転手としては、なるべく乗客とのトラブルを生じさせないよう穏便に対応すべきであって、かような対応をしなかった原告自身にはそれなりの責任があるといわざるを得ない。しかしながら、懲戒解雇は、労働者の生活基盤を根本から揺るがす、最も重い懲戒処分であるから、企業内秩序や企業の対社会的信用を維持するため、被懲戒者を企業内に留め置くことが到底受忍できないような場合にのみ発動されるべきこと、被告と全新潟タクシー労働組合富士分会との労働協約が被告の就業規則に比べて懲戒解雇事由を限定的に規定していること、原告に対しては、本件懲戒解雇にいたるまで、けん責をはじめ減給、出勤停止等の軽い懲戒処分の発動もされていないこと(これらの懲戒処分を適宜に活用することにより、原告の接客態度の改善を図るとともに被告の社会的信用を維持することは、不可能でなかったというべきである。)をも考慮すると、原告に係る前記各事案は、懲戒解雇事由を規定する労働協約第三二条二項各号のいずれにも該当するとはいえないと解するのが相当である。

この点について、被告は、前認定の原告に対する苦情があった都度、原告に対して口頭で注意し、始末書を提出するように命じていた旨主張するが、中村昭二証人尋問の結果によれば、第一事案について備忘のために事実経過を文書にしておくように指示したことは認められるものの、各事案について始末書の提出を指示したことは認められない。そうすると原告については、けん責処分(労働協約の第三一条一号によれば、けん責とは、始末書をとり将来を戒めることとされている。)も経ていないというべきであるから、原告が労働協約の第三二条二項一〇号にいう「数回懲戒訓戒を受けた」場合に該当するといえないことは明らかである。なお、被告は、右各苦情に関する被告の事情聴取に対し原告が弁解すること自体が、同項四号の「職務上の指示命令に不当に反抗」することに該当する旨主張するかのごとくであるが、事実関係の調査は職務命令ではなく、まして処分理由に対する原告の弁解を捉えて不当な反抗と断ずることは、懲戒処分の運用の適正を図るためにも、認められるべきことではない。

よって、主要な争点〈3〉について判断するまでもなく、本件懲戒解雇は、懲戒解雇事由がないのにされたものといわざるを得ないから、無効である。

三  賃金支払請求について

甲七の一ないし三によれば、本件懲戒解雇がなされた平成五年三月の直前三か月間の原告の平均賃金額は、月額二九万二六一六円であると認められる。

ところで原告は、本件懲戒解雇時から将来にわたって右平均賃金の支払を求めているが、原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する判決が確定したときは、被告は当然に原告に対し所定の賃金の支払をすべきであるから、原告の賃金支払請求のうち、本判決確定以降の平均賃金の支払を求めている部分は、現時点においては訴えの利益を欠くと考えるのが相当である。

そこで、右平均賃金額を基準として、本件懲戒解雇時から本判決言渡の日(平成七年八月一五日)までの未払賃金額を計算すると、平成五年四月から同七年七月までの二八か月分として金八一九万三二四八円、本件懲戒解雇がされた平成五年三月分(一三日分)として金一二万六八〇〇円、平成七年八月分(一五日分)として金一四万六三〇七円(円未満切捨て。なお一か月を三〇日として計算)、以上合計八四六万六三五五円となる。

四  以上の次第であって、本訴請求は主文第一ないし第三項掲記の限度で理由があるからこれを認容することとし、その余は不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 春日民雄 今村和彦 佐久間健吉)

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